今日も朝から、取材です。。。
とブログを見てる方はお気づきかと思いますが、
前日に試写会。当日、現地で取材という流れで
キャンペーンは進んでいます。
ということで。
福岡へ移動です、そして!!
皆さんの熱い思いが監督へ響きます。
そして、いよいよ福岡でティーチインといきたいのですが、
福岡会場、スペシャルゲストが・・・・登場です。
この衣装は
え、この後ろ姿は??
あ、間違えた。
がはははは。
今日は、柴崎の衣装を着て登場です。
案内人も笠・みのと装備が増えています。
あ、監督、背後から失礼します。
ギョ!
ジャンケン大会も白熱。
今日はなんと6名にプレゼントだ!
今日のお客さんの感想
「己の目指すべき道を、ただひたすら信じて果敢に挑む男たちの生き様に
胸を打たれました。。自分も夢の頂を目指したいと思います」
う~ん、胸に染みます・・・。
この映画を一人でも多くの方へ、伝えたいと
日に日に強くなっていく案内人でした。


コメント (3)
是非とも、見たいと思って応募してます。
投稿者: 有吉 暉夫 | 2009年05月02日 22:56
日時: 2009-05-02 22:56
「剣岳<点の記>」は今も手元にあります。福岡キャンペーンを見逃したことは返す返すも残念でした。私の若い頃(60年代)、九州から剣岳を目指すということは、現代でのヨーロッパアルプスを目指すに匹敵する行為だったと思います。その剣に魅せられて一夏の10日間ほどをすごし、西面の岩場や八峰の六峰A・Dフェースを登りました。今でもはっきりと清冽な空気と岩肌の感触を覚えています。九州・福岡の岳人と剣岳の縁はもっと古く、50年代に「筑豊山の会」の手によって開かれたルートが何本かあります。食うや食わずの人がいた戦後のあの時期、石炭産業が基幹だったころの筑豊の景気が見えるような気がします。御多分にもれず、山で事故を起こし、負傷の傷が元で高い山は断念し、人生においても多くの負の面を抱え込みましたが青春の頃の確かな足跡を北アルプスの雪渓に残せたことを大切な思い出としてしまっています。今、このブログを拝見し、見事な映像に臨場感を覚え、若き日の山行を麻のザイルの匂いとともに思い出します。是非、劇場での再開を果たしたいと思っています。
早々
投稿者: 磯野 隆尚 | 2009年05月04日 04:21
日時: 2009-05-04 04:21
現在62歳の測量業を経営する者です>
剣岳点の記は同じ測量を特に私の場合は
昭和54年より昭和62年まで同じ測量の三角点を測量をしていましたし(国土地理より民間会社への発注で)
昭和56年には穂高岳を中心に東西100km 南北100kmの同じ地区を明治の時代とは違う世界測地系と言われる
精密一次測地網といわれる新しい日本の国の測量の基準つくりにタッチすることもでき明治の時代とは大きく違いますが
経験することも出来ました。
さらに昭和60年には諏訪地区フォッサマグナをまたぐ日本の大断層の基準点測量にも冬場氷点下25度の中で経験もありこの剣岳点の記の映画化は一般の人たちに本当に理解していただけるかと心配していますが
測量の用語である 点の記そのものが知られ点の記の中に大地に挑戦した測量者が見ていただければとホームページを見ながら感じました。
私にとってはもう昔々ですが何十日もの山での生活と苦労を少しでも映画の中で一般の人々に理解していただけたらと思います。
投稿者: 渡邉 勝巳 | 2009年05月21日 17:27
日時: 2009-05-21 17:27